ボローニャそぞろ歩き(と、ちょっとだけトレヴィーゾ) Bologna a piedi

2006年3月、イタリアはエミリア・ロマーニャ州の 州都ボローニャに1ヵ月ほど滞在しました。 フレンドリーな人たち、おいしい食べもの、 そして見どころいっぱいの街についてご紹介します。

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年末・年始イタリアに行きました

年末から年始にかけて家族でイタリアに行きました。
ヴェネツィア4泊、フィレンツェ4泊、おまけにチューリッヒ1泊(飛行機が飛ばず)の9泊11日。
ということでブログを新たにアップしました。

http://ciaoitalia2013.blog.fc2.com

ほぼ7年ぶりのイタリア、やっぱりよかった……。
はやくも次のプラン練ってますが、先立つものがね。
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第181話 再訪を祈念しつつ……あとがき風に(2) おしまい

 そしてもちろん忘れてはならないのが、人です。アメリカに行って、片言の英語をしゃべっても誰も褒めてくれませんが、イタリアは違います(もちろんすべてとは言いません)。でもイタリア語がマイナーであるがゆえに、片言でもしゃべろうとする努力に対して、イタリア人は一生懸命に聞こうという姿勢で応えてくれます(日本人も同じ傾向があると思います)。これはヨーロッパじゅうというわけではないようで、フランスはアメリカに近いような気がします(フランス語をしゃべらない人間に対するよそよそしさは、ほんの短い間、滞在しただけでも感じました)。
 確かに中心地からはずれた銀行の窓口で、見かけぬアジア人はエイリアンのようにあしらわれましたが、それでも全体で見ればフレンドリーな人が多い。ホスピタリティの精神も素晴らしい。ただ歓待を受けるためには条件があって、片言でも何でも、コミュニケーションをとること、遠慮しないことは必須です。きっちり日本について説明できる準備も必要です(イタリア人は、この点抜かりありません。というか、世の中としっかり関わっている。いや、日本人が関わっていないというつもりはないけど、でもどこかいろいろなことをお上まかせにして知らなかったりすることって多いじゃないですか)。
 基本、日本人も親切だと思います。聞かれれば教えてあげる。外国人だって、道を尋ねられて、逃げちゃう人はさすがにこのご時世では少ないでしょうね。でも、イタリアの人って、おせっかいというのか、困っている様子を先読みして、頼みもしないのに手を差し伸べてくれたりすることがままあります。その分、見極めというか、余計な用心というか、そんなものが必要にはなりますが……。外国人の観光客相手ということに限りません。フツウに社会生活を営んでいるなかで、このコミュニケーションは、やっぱりどこか気持ちがよさそうに思えます。顔見知りに会うと“ボンジョルノ”と挨拶をする。お店に入ったときも、そう。積極的に人と関わる。どう言ったらいいんでしょうか。壁がないんだな。そこはやっぱり、確固たる自分、アイデンティティがあるからだと思うわけです。他人との境界線がしっかりしている。自分という存在が、他者との比較の上で成り立っていない。だから収入も住む世界も違う人同士が、同じ趣味嗜好、出身地で一緒になって会話が弾んだりする(今も残っているらしい「貴族」の末裔は事情が違うようですけど)。人と人との距離感がとにかく心地いいわけです。そんな空気を感じられたことも、この旅の大いなる収穫でした。

 滞在中、持っていったパソコンに日々打ち込んだ雑記を再構成しながら綴ってきましたが、さすがにもう書くことも尽きました。これでおしまいです。こんな雑記でもお付き合いくださり、読んでくださった方、本当にありがとうございます。また、拍手を下さった方にも感謝、感謝です! 情報はちょっと古くなっているので、今や間違いが多いかもしれません。旅行には役立たないかもしれないので、くれぐれもご注意ください(役立つものもあるといいのですが)。

 最後に、わがままな滞在を支えてくれた人たちに感謝を。語学教室を主宰するせっかちなアンドレア、イタリア語の先生、お腹が大きかったチンツィア(もうお母さんです)とナイスガイの彼氏ムスタファ(2人は結婚という慣習にとらわれずに一緒になったカップル)、そしてもうひとりの先生、滅茶苦茶フレンドリーなロベルタ(彼女はパソコンを持っていなかったので、音信不通になったのが残念!)、ボローニャのあのアパートから間もなく引越してしまった7カ国語を駆使するガブリエッラ(今も、facebookでつながってます)とヴライ、トレヴィーゾで、こちらも訪問後ジュリアを生んでママとパパになったロレッタ&カルロ、その妹で明るいカルメンとヤマハの大好きなジャンニ、B家の温かなパパとママ、料理教室のリタ(突然の訪問を快く受け入れてくれました)、日本でのイタリア語の師匠アンジェロ(ボローニャがいいんじゃないかと勧めてくれたのは彼です)、そして日本にいるマリオ・B(すっかりご無沙汰してしまいました)、幼稚園のお試し期間だった長男と1歳ちょっとだった次男を抱えて頑張ってくれた奥さん、みんなみんなありがとう!!

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第180話 再訪を祈念しつつ……あとがき風に(1)

 あと2回。本当はこれで最終回だったのですが、長くなったので分けることにしました。
 ボローニャの街並みを歩きながら、その風情に惚れ直した1カ月の滞在でした。細かい部分よりも全体の雰囲気といったらいいのでしょうか。先人が調和を意識しながら、それでいて没個性に陥ることなく、つねに自分らしさを主張しつつ街を作り上げていった町。ポルティコも、教会や屋敷のファサードも、じっくり見れば見るほどすべて表情が違います。しっかり自己主張をしているわけです。にもかかわらず、それが組み合わさったとき、バラバラな感じはまったくしません。そこに目に見えない一定のルール、美意識があるからでしょう。そういう美意識を持った人が住んでいるということです。もちろん石造りの文化という背景はあると思います。木造に比べて耐用年数がはるかに長いことは間違いありません。築500年、600年という歴史のある建物に今なお住むことができるのは、そのためです。でも、仮に木造家屋であっても、それが朽ちようとしているとき、それと同じ、あるいはせめて似た発想で建物を作ることはできるはずです。景観、たたずまいといった意味で。でも、そんなことは日本では考えられません。
 現代の生活にマッチしない部分も大いにあるはずです。でも、イタリアでは、歴史的な中心地区はきちんと保護して、郊外を上手に利用している(私たちはイタリアというと歴史的な街並ばかり思い浮かべますが、実際、郊外に足をのばすとごくごく普通の一軒家やモダンなアパートが建っています)。そしてなぜ古い街並を大事にするかと言えば、そこに歴史的財産の保護という視点があるのはもちろんですが、修復、修復、修復……という気の遠くなるような作業を繰り返すことが、自分という存在を確認する上でも非常に意味のあることだからという気がします。何より過去から現在へ連綿と続く人類の歴史というものがあって、今の自分があるわけですから。われわれが今あるのは(国民性というような)精神に根ざすもの以前に、実際に先人が築き上げてきた具体的なもののおかげであるわけです。
 刹那の快感に身を委ねてばかりいていいのかなあと、昔と今と未来がつながっていることをもっともっと意識しなければいけないんじゃないんだろうかと、マクドナルドが借りてきた猫のような状態で営業している(大きい顔をするのも時間の問題なのかもしれませんが)イタリアの古い町並みを見ていて思いました。もっとも前に書きましたが、郊外に出れば、日本なんか比べものにならないばかでかいスーパーがあり、IKEAも人気を集めているという事実はあります。折り合いのつけ方が上手、極端に走らないということは言えると思います。新しいものに100%委ねることはしない、あるいはうまく利用していると言ったらよいでしょうか。

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第179話 ジョルジョ・モランディのこと

 最後の最後に、ボローニャ滞在中の幸運な出会いについて書いておきます(あとがきの前は、このネタと決めていました)。その人の名前はジョルジョ・モランディ。ご存じの方もいると思います。現代美術愛好家の方はとくに。かくいう私、ボローニャに来るまでモランディのモの字も知りませんでした。
 モランディは20世紀中ごろまで活躍した画家で、ボローニャ出身。何年か前に須賀敦子さんの文庫版全集が出ましたが、そのカバーを飾っているのがモランディでした。絵はきちんと解釈することも大切ですが、好きか嫌いか、第一印象も重要です。有名無名を問わず、「あ、この絵、いいな」と思えたら、それだけで幸せな気分になります。モランディを見た瞬間もそうでした。渋い色使いとシンプルな構成、瓶なども小物やどうということはない町の建物などの落ち着いたたたずまいにホッとさせられます。一目見て気に入りました。小品ばかりですが、穏やかなトーンは見ているだけで気持ちが和んできます。ボローニャに来たら必見!とまでは言えませんが、モランディ美術館はアクセスも便利で、30分あれば見て回れるので、ちょっと空いた時間があるというようなときは、お勧めです。しかも入場は無料。ただし、美術館入り口の反対側にあるBOOKSHOPで、チケットを発券してもらわなければなりませんが。滞在期間もあとわずかな頃、最後の最後に何となく思い立って行ったのですが、幸運な出会いでした。
 美術館はピアッツア・マッジョーレに面した市庁舎3階のロビーにあります。傾斜のゆるやかな階段を3階まで上がり、入り口を入ると手前左がモランディ美術館の入り口、奥の左が市立美術館の入り口になっています。つきあたり右奥にブックショップとビリエッテリーア(チケットの発券所)があります。つきあたりの窓から見下ろす美しいマッジョーレ広場の眺めも素晴らしいので、ぜひ(そのとき買い損ねたので、つい最近、モランディ美術館の分厚いカタログをネットショップ買ってしまいました)。次はいつになるのでしょうか。でも、いつか再訪したいと思います。

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第178話 外食で役に立つ……かもしれない話(5) 注文

 イタリア料理といえば、アンティパスト(前菜)、プリモピアット(パスタ、スープ)、セコンドピアット(メインの料理)、チーズ、ドルチェ(デザート)というコース構成で、メニューもそれぞれ分かれて載っています。ガイドブックなどの「注文の仕方」を読むと、プリモを食べればセコンドも、あるいはアンティパストとセコンドというように、セコンドを必ず食べるのがルールというよう書かれていたりもします。要するにパスタだけを食べに入るのはルール違反になりますよみたいな感じですが、どうやらそれはあくまでも夕食に限っての話のようです。
 昼食どきのことだが、メインをきっちり食べるのはさすがにイタリア人にとっても重いのでしょう、プリモとドルチェ、アンティパストとプリモという組み合わせだけで済ませる人を意外と多く見かけました。とくに平日、ビジネスマンが同僚とやってきてパスタを食べ、フルーツ(なぜかパイナップルが多かったりする)を食べ、30分ぐらいで店を後にするという姿、結構目に付いたものです。
 今回の滞在では、昼、夜を問わず、ほとんどが前菜をパスして、プリモ、セコンド、そしてドルチェをオーダー。食事のときは昼もグラスワインを合わせたりしました(ほとんどのお店でグラスワインを注文できたのは幸いでした。ない場合でもハーフボトルをワインリストに用意してくれていることがあります)。
 せっかく行ったのだし、イタリアの料理文化について見聞を広めることも、今回の旅行の目的だったのですが、連日フルコース食べるのは無理。そんなことをしていたらフォアグラ状態になってしまいます(フランス料理の学校を創設した辻静雄さんをモデルにした海老沢泰久氏の小説「美味礼賛」が何度頭をよぎったことか。これ面白い小説です)。それに1人で食事をするというのは味気ないもので、やっぱり奥さんとか恋人とか、家族連れで食事をするのが基本だなあとつくづく思いました。結局、1人だと、はい、パスタ食べた、セコンド食べた、ドルチェ食べた、はい、お会計。以上ですからね。料理はシェアしなくても、感想はシェアしたいじゃないですか。だから、あのトルテッリーニ・イン・ブロードを食べているとき、隣りの席にいた2人の中年のオヤジさんが、「うまいだろ」って言ってくれたのが妙にうれしかったりしたものです。
 とにかく、食事の楽しみはイタリア旅行の一部。せっかく行くのですから、お店選びはこだわりたいものです。

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